よもやま

大崎初音×萩原玲二『麻雀人口増加計画☆(MPGP)』インディーズプロジェクト応援記事

FUNDIYにて進行中の大崎初音×萩原玲二『麻雀人口増加計画☆(MPGP)』インディーズプロジェクトに、終了まで一週間を残して3,122,000円(達成率390%)もの支援金が集まっている。

大崎初音×萩原玲二『麻雀人口増加計画☆(MPGP)』インディーズプロジェクト

筆者はこのプロジェクトには密かに注目しており、現状をとても喜ばしく思っている。

なぜならば本件は「麻雀マンガ」というニッチな作品が、既存の出版ルート以外で始めて商品化されようとしているケースであり、本件の成否如何によっては、後続作品がコンスタントにリリースされることになるような事態も起こりうると考えているからである。

「近代麻雀」では、連載作品が単行本化に至らないケースが数多あり、それらの作品のファンを(言い方は悪いが)切り捨ててきた歴史がある。

これは版元が悪いのではなく、市場規模の問題である。ただでさえニッチなジャンルであるのに、そこで読者の支持を得られなかった作品が単行本化されない事情は推して知るべしである。

作家によっては自分で単行本化してイベントで売るなどして、同人作品として販売する人もいるが資金調達や在庫リスクなど、万人向けとはいえない。

そこでFUNDIYを利用したクラウドファンディングの登場となるのだが、資金調達のリスクを回避できる点と、大まかな顧客数が把握できるため、比較的在庫リスクは低くなるという2つの利点がある。むろんプロジェクトが成立しなければ御破算なので、そこはデメリットではあるが。

さて本件は、マンガ家である萩原玲二氏の立案により、大崎氏が告知・営業などを担当するという役割分担によって進行しているようである。

ここからが本題なのだが、筆者は本件に対するSNS上の誹謗中傷に対して反駁しておきたい。筆者は本件とは関わりのない一部外者にすぎないが、見るに耐えない言いがかりに対して一言物申したくなったわけである。

元来、人様の悪口を言挙げするのは趣味ではないので個人名は挙げることは控えるが、中傷の主は萩原氏と同業のマンガ家氏である。

なんだか書くのも悲しくなるが、支援金が高額になった時点で「ギャラをもらうべきではない」「協力者は謝礼をもらうな」「そもそも借金して本を作ればよい話」など、私には首を傾げざるを得ない持論を展開して、プロジェクトオーナーである萩原氏ではなく大崎氏やその協力者の人々を現在進行形で攻撃している。

私はこのマンガ家氏の作品も楽しく拝読しているが、こういうひがみ根性を目の当たりにしてしまうと、なんだか作品に対する気持ちも萎えてきてしまいそうで、率直に言うとやめていただきたいと思う。自分の評価を下げるだけでなく、無知をさらすことはご本人にとってもマイナスだからだ。

しかしながら日本は言論の自由が保証されているので、当人の責任の範疇での主張を部外者がやめさせることはできない。

ならば同様に、筆者にも意見を言う権利はあるはずだ。以下に筆者の意見を述べさせてもらう。

まず、このマンガ家氏がどれだけ的外れな主張をしているかを指摘しておこうと思う。

インターネット上の氏の言説を見るに「本を出したいのなら身銭を切れ」という主張のようだが、これは明確に誤りである。

立案者の萩原氏はマンガ家である。マンガ家は本を売って生計を立てているのであり、それを否定したらそれこそ自分の稼業をも否定することになるからだ。

版元の担当者に「あなたは好きでマンガを描いているのだから原稿料はゼロです」と言われたら、このマンガ家氏はどうするのか。こんなメチャクチャな理屈は通らないと、小学生でもわかる話だろう。しかし、まさに自分がそれを他の作家に対して言っているのである。

 

原則として、他人にタダ働きを強要する言説はすべてデタラメである。

プロジェクトの概要を読めば、追加の記事ページや描き下ろしのマンガページなど多数あり、取材・執筆・編集・デザインなど多数の人手がかかることは容易に想像できる(外注でなくとも、必ず作業をする人の人件費は発生する)。ましてやマンガの制作にかかる人件費などは、自分が一番ご存知のはずであろう。それを無償でやれ、と言える思考回路は私には理解できない。

「借金して本を出せばよい」に至ってはクラウドファンディングを理解しない(しようとしない)論であり、継ぐ言葉がみつからない。

前述したように資金調達のリスクを回避できるのが、このシステムの魅力のひとつである。

IT技術の進歩によって、昔は負わなければいけなかったリスクを現在は回避することができるようになったのだ。

「昔は橋などなかった。オレは溺れ死ぬリスクを負いながらも歩いて川を渡ったのだから、今は橋があっても関係ない。オマエも溺れるリスクを負って歩いて川を渡れ」と言っているに等しい。マンガ家氏がどれだけおかしなことを言っているか、お分かりいただけると思う。

さらに、マンガ家氏は支援金を払った上で「オレは支援者なのだから、オレの言うことを聞け」という行動に出た。これには失礼ながら、偏執的なものを感じざるをえない。

これはあくまで私の推測だが、このマンガ家氏がこれらいいがかりに等しい攻撃を仕掛けてくるのは、嫉妬によるものなのではないだろうか。プロジェクト開始前後のあたりは、むしろ好意的だったことは氏本人も認めている。それが思いもよらぬ額の支援金が集まったため、ヤキモチを焼かずにいられない状態になってしまったのではないかと思う。

「オレは安い原稿料で描いているのに、女流麻雀プロが人気に当て込んで金を集めるとはけしからん」という心理なのだろう(念のためだが、私はもちろんマンガ家氏の原稿料が安いか否かは知らない)。

ここでひとつ、忘れがちな事実を挙げておこう。

萩原氏はこのプロジェクトを実行するにあたって、まず版元から原稿を引き上げねばならなかったはずだ。今は原稿は電子データであろうから物理的に引き上げるのではないが。具体的には、版元の担当者に「クラウドファンディングで出版したいので出版権を引き上げたい」と申し出ねばならなかったはずだ。

しかしこれは、マンガ家にとってはかなり大きなリスクだったはずだ。言葉を変えれば「おたくの出版社からは本は出さないから」という宣言なのである。まかりまちがえば、2度と仕事が来なくなるかもしれないのだ。しかも、この時点ではクラウドファンディングが成立するかどうかなど、全くの五里霧中であるにもかかわらず、である。

結果的に多額の支援金が集まったが、プロジェクト開始前に萩原氏が大きなリスクを負ったことは忘れてはならない。

私はこのプロジェクトが成功することを願っている。多くの余剰金を出して、萩原氏と大崎氏には印税として堂々と儲けていただきたいと思っている(ご本人たちの意向とは違うかもしれないが)。

クリエイターが提供した良質のコンテンツを、ほしい人が購入して満足しました。結果、クリエイターは儲かりました。全員がハッピーになりました、となれば文句のつけようがないではないか。

昔は世に出すことができなかった作品が、世に出せるようになったのだ。それはいい。

しかし、作品は売れましたが儲かりませんでした、では後に続こうという人にとってクラウドファンディングは全く魅力のないシステムになってしまう。

冒頭に述べたように、私は麻雀マンガのようなニッチなジャンルにとっては、クラウドファンディングはうってつけのシステムであると考えている。なので先頭を走ることになった本プロジェクトには、ぜひ成功してもらいたいのだ。

ノイジー・マイノリティーの言説に惑わされずに、最後まで完走してくれることを願う次第である。

2016-09-05 | Posted in よもやま1 Comment » 

 

クラウドファンディングと麻雀マンガの未来

久々に「近代麻雀」のレビュー以外の記事である。

最近注目していたのがこれ。(↓)

作家とファンの想いを叶えるクラウドファンディング – FUNDIY(ファンディー)
大崎初音×萩原玲二『麻雀人口増加計画☆(MPGP)』インディーズプロジェクト

https://fundiy.jp/project/mpgp

かつて「近代麻雀」に掲載され、未単行本化であったマンガ作品「麻雀人口増加計画☆」の、クラウドファンディングによる出版計画。

「競技麻雀」を取り扱った作品で、タイトルどおり麻雀の普及を通しての人間ドラマ。人気の女流プロ雀士の方が原作を書いており、それゆえリアリティにあふれる良い作品だったと記憶しております。

雑誌には掲載されたけれども、単行本化はされていない作品は「近代麻雀」には数多あります。今回は漫画家・萩原玲二さんからの発案で計画が始まったとのこと。

この計画の成否によって、今後ほかの作品が同様に製品化されるかもしれないと気にかけておりました。

出資者へのお返しは、他のプロジェクト同様の色紙や生原稿といったもののほかに、プロ雀士と対局できる権利など作品の特徴を活かしたメニューがそろっていました。

また応援メッセージに綾辻行人氏など著名人が登場するなど、ただならぬ気合の入り方が見て取れました。

そして7月13日のプロジェクト開始。

所用でリアルタイムではサイトを覗けなかったのですが、なんと1時間足らずで最初の目標である80万円を達成したとのこと。
その後も順調に出資が集まり、7時間ほどで120万円達成、そしてわずか3日目に最終目標である160万円をクリアしてしまった。

プロジェクト達成はおめでたいことであるが、この事実はいくつかの示唆を含む。

まず私は開始前に、上手くいけば他の作品も製品化されるのではないかと考えていたが、ことはそう単純ではない。
このプロジェクトは「この作品だから上手くいった」のであって、他の作品についてはまったく未知数である。

募集開始前の情報の拡散具合や、出資者の傾向をみると競技麻雀ファンや女流プロ雀士のファン層が多くを占めているように思われる。

つまり作品のクオリティの高さもさることながら、原作者である大崎初音プロや作中人物たるほかの女流プロ雀士たちの情報発信力や集客力によるところが大きいわけである。これでは他の未単行本化作品が右に倣えをしようにも、そう簡単にはいくまい。

また、もう一つは大げさに言えば「雑誌の終焉」である。

本作品は商業出版誌に掲載されたものの、単独商品として出版されることはなかった経緯がある。版元が単品では商売にならないと判断したものが、IT技術によって小部数ながら利益を見込める商品としてお客の手に渡ることになったわけだ。

出版社はもともと単行本で利益を出す事業モデルだが、逆に言えば利益を見込めない作品は切り捨てられてきた。しかしそれらの作品にもファンはいたわけで、版元は彼らの声に応えられずにいた。しかし今回のように作家が独自にファンドを募り、利益が得られるとなると次に起こるのは何か。

それは、作家の版元離れではないか。

多少の飛躍は承知の上だが、実力のある作家ほど独自にプロジェクトを立ち上げて、雑誌連載を経ずに即単行本化することは可能だ。実際「ワンパンマン」ではそれに近い経緯があったと聞く。いわんや麻雀マンガなどというニッチなジャンルをや、である。

今現在は作家と編集部の信頼関係によってバランスを保っている関係も、なにかのはずみでタガが外れてしまえば、作家の版元離れを引き起こしてしまうのではないか。売上の見込める作家ほど独立(?)しやすいのだから、出版社は「信頼関係」という脆弱な縛りではなく、「○年連載○千万円」といった明確な契約を結ぶ方向を検討してみてはいかがだろうか。

「近代麻雀」には、せめて私が生きている間は刊行し続けていただきたいものである。

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2016-07-15 | Posted in よもやま, 近代麻雀No Comments » 

 

雀荘業界の求人事情

先日、とある麻雀業界関係者に話を伺う機会があった。
その方は雀荘経営にはタッチしてはいないが、複数の経営者とつながりがあり、話の信憑性は高いと思われる。

いわく雀荘業界の人手不足は深刻で、そのことが原因で廃業する店舗がほどなく出てくるであろう、とのことである。
人手不足は雀荘に限った話ではないので、そのときは「そんなものですか」などと受け流していたが、後に考え直してみると雀荘独自の理由があるのではないかと思えてきた。

その前に、求人をめぐる概況を考えてみよう。
2014年11月以降、有効求人倍率は1倍を超えて、今年に入っても上昇傾向である。おおざっぱにいうと「アベノミクス」による景気回復の効果だろう。おもに飲食・運送・建設などの業界で人手が不足し、2020年のオリンピックのインフラ整備までこの傾向がつづくとみられているようだ。

人手が足りないなら、従業員の賃金は上がるはずだ。待遇を改善しなければ人が集まらないのだから、当然だ。しかし自分の周りでも給料が上がった人の話はあまり聞かない。実際実質賃金は前年比マイナスである。むしろ下がっているのだ。これはなぜか?これに対する答は、「非正規社員が増えて労働人口が流動化したため、雇用は増えたが実質賃金は上がらない」とい
うことのようだ。

話を元に戻そう。雀荘業界に限っては先述したような話以前の問題が大きい。

働く側から見た雀荘業界は、かなり異様に見えるのではないか。
なにしろ「お客と金銭を賭けて麻雀を打つのが業務内容」「業務として麻雀を打つ時のゲーム代は自腹」「勝ち負けの金銭負担も自腹」「深夜勤務当たり前、ただし割り増し手当てとかは知らんからね」というのが常態化しているのだから、この条件で働きたいと思う人がなかなか見つからないのは当然といえば当然だろう。

なにしろ、少し麻雀に負け続けたら給料を前借りするハメになってしまうのだ。働いているはずが借金を背負うことになった、などというケースも多々あろう。
雀荘経営者は人手不足云々の前に、労働条件を考え直すべきではないか。
もっとも、大手チェーン店などはゲーム代バックや深夜手当てなどは大分改善されているようではある。この点でも、昔ながらの個人店とチェーン店では一線を画されている。

条件面以外にも、働く側から見た雀荘業界には大きな壁がある。
そもそも「お客と金銭を賭けて麻雀を打つ」こと自体が違法行為であるということである。お金を賭けることが正しいか悪いかではない。現在の法律には反する行為だということは、そこで働く人に少なからず抵抗を覚えさせるには十分であろう。

私の結論は次のとおりである。

人手不足が叫ばれている世の中で、運が悪ければ手が後ろに回るような労働環境で働こうという人は皆無であろう。賃金を上げることで、いくらか改善の余地はあるかもしれないが本質的な解決にはならない。法律が改正されて、レートの乗った麻雀が合法化されるか、ノーレート店に鞍替えするかの二つに一つ。選択肢は、このどちらかしかないのではないか。

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国士無双

2015-10-20 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

介護と麻雀の裏事情

少し前に“カジノ型介護施設”を神戸市が規制するというニュースがありましたが、兵庫県でも同様に可決されました。

(以下MBSニュースより引用)
“カジノ型”介護規制条例可決 神戸市に続き兵庫県も
パチンコなどの遊技を主なサービス内容とするカジノ型介護施設を規制する条例案が、神戸市議会に続き、兵庫県議会でも可決されました。
カジノ型デイサービスは、パチンコやマージャンなどの遊技を主なサービス内容として提供する高齢者向けの介護施設で、神戸市議会では先月、ギャンブル依存につながる恐れもあるとして、規制する条例が成立しました。
兵庫県でも県内でこうした施設が新設される動きがあったことから、知事が規制する方針を示していました。
10月9日午前成立した条例改正案では、デイサービスのほか特別養護老人ホームなども対象にしていて、カジノ型だと判断されれば県が指導を行い、従わない場合は介護事業所の指定を取り消すということです。
都道府県としては全国初の規制で、新しい条例は今月13日に施行されます。(引用ここまで)

個人的には、麻雀とパチンコはまったく違う種目だと思うのですがそれはそれとして。最近NPOで働いている人の話を聞くことがありました。

ものすごく端的に言うと、デイサービス型介護施設には高齢者は通わなければならないのですが、なにかしらのアミューズメントを用意しないと施設に来てもらえないという事情があるようです。

当然、利用者がいないと施設としての存在価値が疑問視されてしまいます。そこで苦肉の策として“カジノ型”デイサービスというものが生まれた、といえそうです。

要するにニーズがないところに設備を維持させようとするために、このようなサービスが出来たというのが真相なのです。

麻雀が高齢者の認知症防止によいことは、多くの医師が認めているところです。高齢者向けの麻雀教室も増加の一途をたどっています。デイサービスとは施設に通ってもらうことを前提としていますが、そもそも通うことが出来るなら介護を受ける必要はあるのでしょうか。

介護に掛かる保険料は増加するばかりなのですから、必要か否かが不明な施設に予算を割くのはやめてしまうのがよいかと、私は思います。麻雀を楽しみたい高齢者たちは麻雀教室に通えば、八方丸くおさまるのではないでしょうか。パチンコなどは近年はゲームセンターで遊ぶこともできることですし。国の予算の使い方には慎重になってもらいたいものです。

2015-10-19 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

神戸市が娯楽型介護施設を規制へ

「神戸市が娯楽型介護施設を規制へ 単なるギャンブルなのか」

という見出しのニュース記事を目にしました。
(以下引用)

 神戸市は8月11日、パチンコや麻雀、カジノなどを導入したアミューズメント型デイサービスを条例で規制する方針を発表した。

 アミューズメント型デイサービスは、脳の活性化を目的としてパチンコや麻雀、カジノなどのサービスを提供する介護施設のこと。神戸市は「遊技場の様な雰囲気の中で、遊技を機能訓練の常時主体とする通所介護(デイサービス)は、介護保険法に基づく本来の趣旨にそった適正なサービスとは考えられ」ないと規制に踏み込む理由を説明している。
 では、アミューズメント型デイサービスとは一体どういうものなのだろうか。介護に詳しいジャーナリストはこう話す。

「認知症予防としてパチンコや麻雀を導入する施設は以前よりありましたが、問題となっているのはもっと本格的な施設です。ゲームセンターのようなイメージで遊技機が並んでいたり、カジノのような雰囲気でディーラーが常駐しているケースもあります。さらに、専用の擬似通貨を導入し、利用者の射幸性を著しく煽っていることも多い。もはや介護よりもギャンブルのほうが目的になっていると指摘されても仕方ないような状況があったわけです」

(引用ここまで)

そもそも「娯楽型介護施設」なるものが存在すること自体を知りませんでした。
どうやら「脳の活性化を目的としてパチンコや麻雀、カジノなどのサービスを提供する介護施設」らしいのですが、これらを神戸市が規制するそうです。

介護施設という名目でカジノやパチンコ・麻雀などが遊べるようですが、確かに規制されてもしようがないのかもしれません。
ならば、普通のアミューズメント施設にすればよいのでしょうか。
介護施設とギャンブルという、いわば相反するイメージのものをくっつけたのは画期的だったのかもしれませんが、やはり世間の目は白かったということでしょうか。

2015-08-17 | Posted in よもやまNo Comments » 

 

麻雀地域指導員

少し前に気になって「週刊現代」からとっておいて、忘れていた広告ページがでてきました。

「“超”高齢化社会での生き甲斐にマージャンで地域貢献しませんか?」

全国の公共施設で高齢者を対象としたマージャン教室。
世界中でも前例の無い“超”高齢化社会に突き進んでいる日本。
あなたの趣味がネットワークを生み、地域貢献に繋がるきっかけになる!!

という惹句で募集しているのは、どうやら「麻雀地域指導員」。
ひらたくいえば麻雀教室の先生ということでしょうか。

主催は「NPO法人 健康麻将全国会」。なんとなく見覚えがある名前だと思ったら、かつて「近代麻雀」に掲載された「麻雀人口増加計画」という作品の舞台がそれでした。表紙にもクレジットされてますね。
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ほらここに。
mpgp_02
広告のページによると、同団体のもとには「全国の公共施設からの(麻雀)教室開催依頼が年々増えている」とのこと。

一昔前には「行政が麻雀大会を開催する」なんてことが、業界的に大ニュースになったそうですが、10年かそこらでだいぶ様子が変わったものです。

増える行政からの要望に応えるためには「各地域に専門知識を習得した指導員が必要」とのことで、地域指導員を養成するための講座を開催するにいたったとのことです。

麻雀はボケ防止によい、なんてことは以前から言われてましたが「都会でひとりで暮らす高齢者の安否確認にも繋がる」など、他にもメリットは多いようです。

単純に麻雀を楽しむだけでも高齢者(自分も含むのか!?)の生き甲斐になるだろうし、こういう麻雀の普及活動はたいへん喜ばしいですね。

好きな麻雀で地域に貢献できるのならば、と興味をもたれた方も多いのではないでしょうか。

募集記事には「技術的なマージャン力を求めるのではなく、高齢者に優しく教えることが出来る方を募集」とあるので、ならば自分もと思ってページを残していたのだが、締め切りが過ぎてしまっていたというオチ。またの機会に応募してみることにしますか。

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2015-08-07 | Posted in よもやまNo Comments » 

 

続・雀荘業界の未来

なぜか、「雀荘業界の未来」の記事がよく読まれているので、味をしめたわけではないがもう少し掘り下げて考えてみようと思う。

繰り返すと筆者の結論は「レートの放棄」である。
賭け麻雀自体を否定はしていない。賭けたい人が賭けるのは自由である。
いけないのは業界自体が「賭け麻雀」を暗黙の了解としている点である。

口先では「麻雀のイメージを良くしたい」と言っておきながら、やっていることは違法行為である。
これではイメージが良くなるわけはないではないか。

「賭け麻雀」を排除することによって、一部の客は離れるかもしれない。

しかし、さらに多くの市場を開拓しようとするならばこの点は避けては通れない。これが筆者の主張である。

なぜ「レートの放棄」が必要なのか。理由はおもに2つ。
ひとつは「市場の変化」である。
現在、雀荘の数は減る一方である。お店も減っているし、お客さんも減っている。
「娯楽の多様化」であったり「可処分所得の低下」であったり、理由はさまざまあろうが「お金を賭けて麻雀を打つ人が減っている」のは事実である。

一方で、カルチャースクールや麻雀教室は盛況である。
「麻雀を覚えたい人、打ちたい人は増えている」のである。
一方は斜陽、一方は伸張、需給関係から言ってどちらに将来性があるかは明白だと思うのだが、どうだろうか。

もうひとつの理由は「市場の拡張性」である。
「麻雀は賭博ではない」ことが定着することのメリットは多大である。
敷居が低くなることで、参入するプレイヤーが増えるのはもちろんのこと、賞金額の大きい大会も開くことが可能になるやもしれない。小中高校の部活動に取り入れられもするだろう。裾野が広がることによって、魅力的なスター選手が発掘されるかもしれない。

多分に筆者の妄想が含まれてはいるが、私はこれらがすべて夢物語だとは思わない。
むしろこんなことすら実現しないのならば、もはや麻雀に未来はないと考えている。

そしてそれを阻んでいるのが「賭博麻雀」なのだ。
レートの存在がいかに麻雀に不利益をもたらしているか、お分かりいただけるだろうか。

一方、レートを放棄することのデメリットについても考えてみよう。
これは一にも二にも「利益率の低下」につきるだろう。
フリー店の場合、最低メンバーと呼ばれる従業員を3人常勤させねばならない。いうまでもなく、お客が一人で来店した場合にゲームを始められないからだ。なので、お客さんが来ようが来るまいが3人分の人件費はつねに出ていくことになる。逆に言えば、満員御礼となっても人件費が余計にかかるということはないわけだ。詳細な試算はしないが、儲かる店は非常に儲かるわけである。
ノーレート店の場合はどうか。料金形態は個々店によって違いはあろうが、売り上げおよび利益率は、レート有りの店とは比べ物にならないだろう。要するに儲けが減る。賭け麻雀だから払ってもらえていたゲーム代が、ノーレートだと成立しなくなるということだ。

つまり、ノーレートにすることで利益が減るのならば、やる価値はないということだ。
一見もっともに聞こえるが、レート有りの業界自体が縮小傾向なのである。どこかで舵を切るタイミングが来るのではないか。

数年前の話になるが、ノーレートのお店が開店してから収益化するまでに2年かかると聞いたことがある。その間の運転資金を確保しなければ、ノーレート店は開けないということになる。
それほど大変にもかかわらず、現在ノーレート店は増えつつある。やはり先見性のあるオーナーはいるということか。考えてみれば収益化まで2年といっても、まともなビジネスならざらにある話である。先に述べたように、ノーレート市場はこれから大きくなる。既存のレート有りのお店は、失礼ながら濡れ手に粟の商売からは離れられまい。

とすれば、麻雀の新しい可能性を拓くのは既存の雀荘組合などではなく、まったく新しいところから現れるのかもしれない。

※この記事は旧ブログ同名記事の再掲です。




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2015-06-26 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

雀荘業界の未来

カジノ法案が成立しても、パイの小さな雀荘業界にはさほど影響はないであろうことは先日の記事で述べた。

それでは雀荘業界が生き残るには、どのような戦略をとるべきか。

筆者の答えは「レートの排除」である。つまり賭け麻雀を捨て、業界全体が「ノーレート」の推進に舵をとるという意味だ。

大きな流れで言うと、雀荘業界のピークである昭和40年代から現在にかけて、麻雀は「低レート化」の道を歩んできた。一部のお金持ちや、特殊な人種のものから一般大衆へと浸透するには、低レート化は必然の流れであった。現在は1000点50円ほどのレートで遊ばせる店、いわゆる「テンゴ雀荘」が主流である。しかし主流とは言っても、全体からみると店舗の減少は止まらず、衰退の途にあるのは明白である。



ところで一方、お金を賭けない「ノーレート店」や高齢者向けの「麻雀教室」などは盛況なのである。
麻雀を打ちたい人、覚えたい人は増えていることは過去にも述べた。
レート有りの雀荘チェーン店でも、一部の店舗ではノーレートとしている店もある。
筆者はこの流れを、業界全体で推し進めすすめることが雀荘業界の生き残る唯一の解であると考えている。

それは先に挙げたお客の動向からも明らかなのだが、しかしながら業界全体からは、どうも積極的な動きは見られない。なぜか? 答えは明白である。「賭け麻雀の方が儲かる」からだ。

東京都の場合、麻雀店は1人頭、1時間に600円以上のゲーム代をとってはいけないと条例で定められている。単純に、8時間遊ぶと4800円程度の料金がかかることになる。しかし、ノーレート店だとそうはいかない。お店の方針にもよるが、1日打ち放題で3000円程度が常識的な上限だろう。雀荘はもちろん営利目的で運営されているのだから、このことをもって責めるわけにはいかない。しかし、部外者から見ると目先の売り上げに囚われすぎているようにも見える。



というわけで、現実の雀荘業界の動きは筆者の考える未来とは違う方向を志向している。つまり「賭け麻雀の合法化」を目指しているのだ。

筆者も麻雀の扱いが「非合法なギャンブル」から「合法なゲーム」へと変わることを望んでいる点は同じである。しかし、業界の動きは「ギャンブル」それ自体を合法化とするよう法改正を求めていくそうである。

しかし残念ながら、彼らの努力は徒労に終わるだろう。なぜならば、ここでカジノ法が立ちはだかるからだ。

カジノ法案の根幹は「非日常のリゾート空間でのみ、ギャンブルが合法的に楽しめる」ことを売りとしている。ところがカジノだけでなく、街中の雀荘でも合法的にギャンブルができるとなれば、同法との整合性がとれなくなってしまうのだ。

ゆえに私は「賭け麻雀合法化」は露と消える可能性が高いと思う。

念のために付け加えるが、私は賭け麻雀自体を好きではないが、否定はしていない。しかしそれはやはり、仲間内でのみ行われるべきことであろう。雀荘側が客同士をセッティングしてしまうと、管理賭博を否定できなくなってしまう。

私の愛する「麻雀」が「違法賭博」のレッテルから逃れられるのは、いつのことになるのだろうか。

※この記事は旧サイトの同名記事を再考・加筆したものです。




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2015-06-24 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

カジノ法案が与える雀荘業界への影響

ここ10年以上、出ては消えるを繰り返してきた日本のカジノ構想が大きく進展するかもしれない。産経ニュースweb版に次の記事が出たのが2日前だ。

(以下引用)
 カジノ合法化を目指す超党派議員連盟(会長・細田博之自民党幹事長代行)は18日の総会で、政府、与党が24日までの今国会会期の大幅延長を検討しているのを踏まえ、カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)整備推進法案の成立を目指す方針を再確認した。
(引用ここまで)

カジノ法案が成立した場合、パチンコ・パチスロや雀荘などの既存のギャンブル業界に与える影響はいかなるものとなるだろうか。

結論から先にいうと、短期的には大きな影響はなく、長期的にみれば業界を殺すものとなる、というのが筆者の見解だ。

理由は3つ。

まず1つには、カジノは雀荘とは競合しないという点が挙げられる。

日本のカジノ法案は「カジノを中心としたIR設備の推進」が眼目となっており、カジノ単体の設備が町中に作られることはない。これが意味することは、現在のパチンコ店や雀荘のようにカジノが許可されるのではないということだ。

つまり単純な競合施設とはならず、カジノでプレイしたい人々はラスベガスなどのように、日常から隔絶された場所に建設された施設に行く必要があるということだ。
またギャンブル依存症を警戒する(という名目で)厚生労働省から横槍が入り、日本人立入禁止になる可能性もある。ゆえに、単純にパチンコ店や雀荘の客がカジノに奪われる可能性は低い。さらに、カジノに麻雀という種目が導入される可能性はほぼゼロである。麻雀はカジノの種目としては時間がかかり過ぎるし、ルールも比較的複雑である。なので麻雀をプレイしたい人は雀荘へ、という構図が変わることはない。

もっともパチンコ・パチスロ業界も雀荘業界も、現在は凋落の一途をたどっているのが現状である。逆風の風向きが変わるわけではないのだが。

2つ目は、産業規模の問題である。

カジノ計画が進行すると、雀荘という存在の扱いはどうなるのか? という疑問がわく。
レジャー白書によると、2013年の雀荘業界の市場規模は560億円とあり、これはパチンコ業界の18兆8000億円と比較して3桁も少ない数字である。

はっきりいうと「こんな小さい業界の話は誰も取り上げないだろう」というのが筆者の感想である。つまり何も変わらない、のである。むしろパチンコ店の、三店方式の扱いの方が俎上に上げられる可能性の方が高いだろう。

3つ目は、大衆の意識の変化である。

首尾よくカジノが開業した場合、10年後には社会はどうなっているだろうか? 「ギャンブルを楽しみたい人はカジノへ」という新常識が浸透すると、私は人々の意識にある変化が起こると思う。

「雀荘はカジノじゃないのにギャンブルできるところ」=異端の存在、という意識が芽生えるのではないか。

今現在もグレーな存在であるのに、カジノという「合法な=白い」存在ができることによって、さらに雀荘の黒さが際立つことになる。そしてそれは客離れへと繋がり、結果として「業界を殺すもの」となると考えられるのだ。
多くの人は、自らすすんで違法行為に手を染めたいとは考えないものだ。ゆえに筆者は、雀荘業界が生き残る道は「合法化」以外にないと考えている。

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2015-06-20 | Posted in よもやま, カジノ, 雀荘業界No Comments » 

 

「健康麻雀」ではなく「賭博麻雀」に

福井新聞web版より

賭けない、吸わない健康麻雀人気 平均73歳、福井で10周年大会
「健康マージャンは金を賭けない、たばこを吸わない、酒を飲まないをモットーにゲームそのものを楽しむ。高齢者の仲間づくりや居場所づくりに役立つほか、指先を使い、点数計算するため、認知症予防にも有効とされている。」

こういうニュースはよいですね。今回で10年目で、会員数は120名のぼるというから、30卓が埋まる様子は壮観であろう。

そこで表題の
「健康麻雀」ではなく「賭博麻雀」に
である。

もちろん「健康麻雀なんざ、くそ食らえ! 金を賭けてなけりゃ麻雀じゃないぜ!」てな話ではない。
筆者の主張は真逆である。
福井新聞の記事にあるように、健康麻雀とは「金を賭けない、たばこを吸わない、酒を飲まないをモットーにゲームそのものを楽しむ。」麻雀である。

すなわち、裏を返せばまず「麻雀=金銭を賭けるもの」という前提があり、あの「(金銭を賭ける)麻雀」だけど、我々は健康志向でいきましょうよ、となって「健康麻雀」という呼称に至わけである。

私はこれが逆転することを願っている。

つまり「健康」を謳わずとも「麻雀=金を賭けないもの」という認識が浸透し、」賭ける麻雀は「賭博麻雀」と括られる世の中になってほしいということである。

「ギャル雀」という言葉が一瞬でデフォルトスタンダードになり、消えていったように「健康麻雀」という言葉にもまた役割を終えてほしいと思うのだ。

まぁまたいつものじじいの妄言である。自分が生きているうちに実現するかは怪しいものだが、言うだけならタダである。言葉にだせば実現すると、どこかの偉い人が言っていたかもしれないではないか。

説教めいたことばかり綴っても退屈なだけだ。ここでひとつ命名ゲームといこうか。

「健康麻雀」が一般化するのはまだまだ時間がかかるだろう。しかしその前段階として「健康麻雀」をもっと格好よい呼称を考えてみよう。

「飲まない・吸わない・賭けない」から健康麻雀。なるほどわかりやすい。
しかし、いかんせん年寄りくささは否めない。年寄りの私が言うのだから間違いない。
一案として、次のようなものが思い浮かんだ。

「スマート麻雀」。スマートフォンから拝借したが思ったよりスマート感が薄い。

「スポーツ麻雀」。これはブー麻雀が東京に来たときに呼び名だ。よろしくない。

「リラックス麻雀」。略して「リラ麻」。んー、非合法な葉っぱっぽい。ダメか。

「ヘルシー麻雀」。略して「ヘル麻」。いかん、健康どころか地獄感が漂ってきた。

じじいの頭でいくら考えたところで、所詮休むに似たり。もうちょっとハマリのいい言葉があれば、普及の速度も早まると思うのだが、どうか。

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2015-06-11 | Posted in よもやまNo Comments »