2015-06

続・雀荘業界の未来

なぜか、「雀荘業界の未来」の記事がよく読まれているので、味をしめたわけではないがもう少し掘り下げて考えてみようと思う。

繰り返すと筆者の結論は「レートの放棄」である。
賭け麻雀自体を否定はしていない。賭けたい人が賭けるのは自由である。
いけないのは業界自体が「賭け麻雀」を暗黙の了解としている点である。

口先では「麻雀のイメージを良くしたい」と言っておきながら、やっていることは違法行為である。
これではイメージが良くなるわけはないではないか。

「賭け麻雀」を排除することによって、一部の客は離れるかもしれない。

しかし、さらに多くの市場を開拓しようとするならばこの点は避けては通れない。これが筆者の主張である。

なぜ「レートの放棄」が必要なのか。理由はおもに2つ。
ひとつは「市場の変化」である。
現在、雀荘の数は減る一方である。お店も減っているし、お客さんも減っている。
「娯楽の多様化」であったり「可処分所得の低下」であったり、理由はさまざまあろうが「お金を賭けて麻雀を打つ人が減っている」のは事実である。

一方で、カルチャースクールや麻雀教室は盛況である。
「麻雀を覚えたい人、打ちたい人は増えている」のである。
一方は斜陽、一方は伸張、需給関係から言ってどちらに将来性があるかは明白だと思うのだが、どうだろうか。

もうひとつの理由は「市場の拡張性」である。
「麻雀は賭博ではない」ことが定着することのメリットは多大である。
敷居が低くなることで、参入するプレイヤーが増えるのはもちろんのこと、賞金額の大きい大会も開くことが可能になるやもしれない。小中高校の部活動に取り入れられもするだろう。裾野が広がることによって、魅力的なスター選手が発掘されるかもしれない。

多分に筆者の妄想が含まれてはいるが、私はこれらがすべて夢物語だとは思わない。
むしろこんなことすら実現しないのならば、もはや麻雀に未来はないと考えている。

そしてそれを阻んでいるのが「賭博麻雀」なのだ。
レートの存在がいかに麻雀に不利益をもたらしているか、お分かりいただけるだろうか。

一方、レートを放棄することのデメリットについても考えてみよう。
これは一にも二にも「利益率の低下」につきるだろう。
フリー店の場合、最低メンバーと呼ばれる従業員を3人常勤させねばならない。いうまでもなく、お客が一人で来店した場合にゲームを始められないからだ。なので、お客さんが来ようが来るまいが3人分の人件費はつねに出ていくことになる。逆に言えば、満員御礼となっても人件費が余計にかかるということはないわけだ。詳細な試算はしないが、儲かる店は非常に儲かるわけである。
ノーレート店の場合はどうか。料金形態は個々店によって違いはあろうが、売り上げおよび利益率は、レート有りの店とは比べ物にならないだろう。要するに儲けが減る。賭け麻雀だから払ってもらえていたゲーム代が、ノーレートだと成立しなくなるということだ。

つまり、ノーレートにすることで利益が減るのならば、やる価値はないということだ。
一見もっともに聞こえるが、レート有りの業界自体が縮小傾向なのである。どこかで舵を切るタイミングが来るのではないか。

数年前の話になるが、ノーレートのお店が開店してから収益化するまでに2年かかると聞いたことがある。その間の運転資金を確保しなければ、ノーレート店は開けないということになる。
それほど大変にもかかわらず、現在ノーレート店は増えつつある。やはり先見性のあるオーナーはいるということか。考えてみれば収益化まで2年といっても、まともなビジネスならざらにある話である。先に述べたように、ノーレート市場はこれから大きくなる。既存のレート有りのお店は、失礼ながら濡れ手に粟の商売からは離れられまい。

とすれば、麻雀の新しい可能性を拓くのは既存の雀荘組合などではなく、まったく新しいところから現れるのかもしれない。

※この記事は旧ブログ同名記事の再掲です。




人気ブログランキングへ

2015-06-26 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

雀荘業界の未来

カジノ法案が成立しても、パイの小さな雀荘業界にはさほど影響はないであろうことは先日の記事で述べた。

それでは雀荘業界が生き残るには、どのような戦略をとるべきか。

筆者の答えは「レートの排除」である。つまり賭け麻雀を捨て、業界全体が「ノーレート」の推進に舵をとるという意味だ。

大きな流れで言うと、雀荘業界のピークである昭和40年代から現在にかけて、麻雀は「低レート化」の道を歩んできた。一部のお金持ちや、特殊な人種のものから一般大衆へと浸透するには、低レート化は必然の流れであった。現在は1000点50円ほどのレートで遊ばせる店、いわゆる「テンゴ雀荘」が主流である。しかし主流とは言っても、全体からみると店舗の減少は止まらず、衰退の途にあるのは明白である。



ところで一方、お金を賭けない「ノーレート店」や高齢者向けの「麻雀教室」などは盛況なのである。
麻雀を打ちたい人、覚えたい人は増えていることは過去にも述べた。
レート有りの雀荘チェーン店でも、一部の店舗ではノーレートとしている店もある。
筆者はこの流れを、業界全体で推し進めすすめることが雀荘業界の生き残る唯一の解であると考えている。

それは先に挙げたお客の動向からも明らかなのだが、しかしながら業界全体からは、どうも積極的な動きは見られない。なぜか? 答えは明白である。「賭け麻雀の方が儲かる」からだ。

東京都の場合、麻雀店は1人頭、1時間に600円以上のゲーム代をとってはいけないと条例で定められている。単純に、8時間遊ぶと4800円程度の料金がかかることになる。しかし、ノーレート店だとそうはいかない。お店の方針にもよるが、1日打ち放題で3000円程度が常識的な上限だろう。雀荘はもちろん営利目的で運営されているのだから、このことをもって責めるわけにはいかない。しかし、部外者から見ると目先の売り上げに囚われすぎているようにも見える。



というわけで、現実の雀荘業界の動きは筆者の考える未来とは違う方向を志向している。つまり「賭け麻雀の合法化」を目指しているのだ。

筆者も麻雀の扱いが「非合法なギャンブル」から「合法なゲーム」へと変わることを望んでいる点は同じである。しかし、業界の動きは「ギャンブル」それ自体を合法化とするよう法改正を求めていくそうである。

しかし残念ながら、彼らの努力は徒労に終わるだろう。なぜならば、ここでカジノ法が立ちはだかるからだ。

カジノ法案の根幹は「非日常のリゾート空間でのみ、ギャンブルが合法的に楽しめる」ことを売りとしている。ところがカジノだけでなく、街中の雀荘でも合法的にギャンブルができるとなれば、同法との整合性がとれなくなってしまうのだ。

ゆえに私は「賭け麻雀合法化」は露と消える可能性が高いと思う。

念のために付け加えるが、私は賭け麻雀自体を好きではないが、否定はしていない。しかしそれはやはり、仲間内でのみ行われるべきことであろう。雀荘側が客同士をセッティングしてしまうと、管理賭博を否定できなくなってしまう。

私の愛する「麻雀」が「違法賭博」のレッテルから逃れられるのは、いつのことになるのだろうか。

※この記事は旧サイトの同名記事を再考・加筆したものです。




人気ブログランキングへ

2015-06-24 | Posted in よもやま, 雀荘業界No Comments » 

 

カジノ法案が与える雀荘業界への影響

ここ10年以上、出ては消えるを繰り返してきた日本のカジノ構想が大きく進展するかもしれない。産経ニュースweb版に次の記事が出たのが2日前だ。

(以下引用)
 カジノ合法化を目指す超党派議員連盟(会長・細田博之自民党幹事長代行)は18日の総会で、政府、与党が24日までの今国会会期の大幅延長を検討しているのを踏まえ、カジノを中心とする統合型リゾート施設(IR)整備推進法案の成立を目指す方針を再確認した。
(引用ここまで)

カジノ法案が成立した場合、パチンコ・パチスロや雀荘などの既存のギャンブル業界に与える影響はいかなるものとなるだろうか。

結論から先にいうと、短期的には大きな影響はなく、長期的にみれば業界を殺すものとなる、というのが筆者の見解だ。

理由は3つ。

まず1つには、カジノは雀荘とは競合しないという点が挙げられる。

日本のカジノ法案は「カジノを中心としたIR設備の推進」が眼目となっており、カジノ単体の設備が町中に作られることはない。これが意味することは、現在のパチンコ店や雀荘のようにカジノが許可されるのではないということだ。

つまり単純な競合施設とはならず、カジノでプレイしたい人々はラスベガスなどのように、日常から隔絶された場所に建設された施設に行く必要があるということだ。
またギャンブル依存症を警戒する(という名目で)厚生労働省から横槍が入り、日本人立入禁止になる可能性もある。ゆえに、単純にパチンコ店や雀荘の客がカジノに奪われる可能性は低い。さらに、カジノに麻雀という種目が導入される可能性はほぼゼロである。麻雀はカジノの種目としては時間がかかり過ぎるし、ルールも比較的複雑である。なので麻雀をプレイしたい人は雀荘へ、という構図が変わることはない。

もっともパチンコ・パチスロ業界も雀荘業界も、現在は凋落の一途をたどっているのが現状である。逆風の風向きが変わるわけではないのだが。

2つ目は、産業規模の問題である。

カジノ計画が進行すると、雀荘という存在の扱いはどうなるのか? という疑問がわく。
レジャー白書によると、2013年の雀荘業界の市場規模は560億円とあり、これはパチンコ業界の18兆8000億円と比較して3桁も少ない数字である。

はっきりいうと「こんな小さい業界の話は誰も取り上げないだろう」というのが筆者の感想である。つまり何も変わらない、のである。むしろパチンコ店の、三店方式の扱いの方が俎上に上げられる可能性の方が高いだろう。

3つ目は、大衆の意識の変化である。

首尾よくカジノが開業した場合、10年後には社会はどうなっているだろうか? 「ギャンブルを楽しみたい人はカジノへ」という新常識が浸透すると、私は人々の意識にある変化が起こると思う。

「雀荘はカジノじゃないのにギャンブルできるところ」=異端の存在、という意識が芽生えるのではないか。

今現在もグレーな存在であるのに、カジノという「合法な=白い」存在ができることによって、さらに雀荘の黒さが際立つことになる。そしてそれは客離れへと繋がり、結果として「業界を殺すもの」となると考えられるのだ。
多くの人は、自らすすんで違法行為に手を染めたいとは考えないものだ。ゆえに筆者は、雀荘業界が生き残る道は「合法化」以外にないと考えている。

日本版カジノのすべて [ 木曽崇 ]

価格:1,890円
(2015/6/22 15:50時点)



人気ブログランキングへ
30日間無利息キャンペーン中のキャッシングのフタバ

2015-06-20 | Posted in よもやま, カジノ, 雀荘業界No Comments » 

 

「近代麻雀」7月15日号を読んでみた その3

「近代麻雀」7月15日号
付録DVD付き特別定価570円

「ゴールドハイ」
愛と金と感動のラストフィナーレ!!! だそうです。ラストフィナーレ? あまり聞かない言い回しですが、まぁよいでしょう。徹頭徹尾、どっちを向いているのかわからない、意味のわからない作品でした。私の読解力が不足しているのかもしれません。こういう作品に触れたときに「この作品が理解できないとは、自分は老いたのか?」と感じざるをえません。作中では、なにか大掛かりな出来事が終幕を迎えましたが、何のことかサッパリわかりませんし、興味も抱けませんでした。作家にはセンスはあると思いますので、良き編集者が担当に付くことを願ってやみません。

「福本ALLSTARS」
父の日をテーマに4コマ7本はけっこう大変だと思いましたが、2次創作には逆にこういうお題を設けた方がよいのかな、などと思いました。

「むこうぶち」
おいしい代打ち話にのって傀と卓を囲む安永。いつもの2着取り戦略を心がけるが、両脇の伏兵にやられて2時間で1千万円以上負けてしまう…。次号から安永の反撃が始まるのでしょうが、ずいぶんなやられっぷりに読んでいる方がストレスを感じてしまいました。時田・喜屋武ともにクセのある打ち方なので、なにか秘密があるのでしょうか。傀のかっこいいところもなく、前振りの回といったところでしょうか。
誤植?:自動卓が常備っ事(こた)てァ → 常備って事ァ でしょうか

「近代麻雀占い」
私のかに座は6位。ラッキー牌は北だそうです。そうですか。

「不動の牌心」
佐々木プロがオリ打ちした顛末を語り、悔やむエピソード。早いリーチと親の仕掛けにはさまれてのオリ打ちに対して「終盤にいかに安全度の高い牌を持てるかに尽きる」とのこと。
「全ての基本は手順にある」との弁ですが、これは桜井章一氏の受け売りですね。タイトルが「不動の牌心」なのに、悔やみまくっている様が少し面白いです。

「実戦によく出る100の基本」
名著「打姫オバカミーコ」の「スリーヘッド最弱理論」の焼き直し。で、次号の問題ですが、なぜ自分の手牌が伏せられているのでしょうか? ものすごく違和感を感じます。リーチを受けたときには、自分の手牌との兼ね合いで待ちを絞るものだと思うのですが…。出題意図が汲み取れませんので私には回答不能です。

「我れ悪党なり」
老い、体捌き、相撲観戦のエピソード。桜井さんは国技館がお気に召したようです。

「でかぴん麻雀入門」
かつては「棒テン・即リー・全ツッパ」を標榜していた銀玉親方も「全ツッパ」の部分は「先手を取られたらベタオリ」に宗旨を変更したようです。現代風ですね。

「麻雀ジャーナル」
最高位戦 40期プロテスト
連盟 八局麻雀/麻雀トライアスロン匠/十段戦ベスト16
協会 雀王戦B1リーグ第4節成績
ほか 第13回野口賞最終審査第1節/第9期夕刊フジ杯チーム戦ファイナル

「キンマ編集部裏話」
賭博の告白とは正気を疑いました。編集部には法令順守という概念はないようです。せめてブログでやってください。このページ分料金は返金していただきたいです。

裏表紙にいる、はなこさんが妙に気になります。

近代麻雀 2015年 7/1号 [雑誌]

価格:570円
(2015/6/22 15:40時点)



人気ブログランキングへ

2015-06-19 | Posted in レビュー, 近代麻雀No Comments » 

 

「近代麻雀」7月15日号を読んでみた その2

「近代麻雀」7月15日号
付録DVD付き特別定価570円

「HERO」
第2次東西決戦1回戦と2回戦の繋ぎの回。なので、お約束の伏線がいくつか張られてます。清麿の連れション、西方の「気になる」セリフなどが怪しいですね。大きな盛り上がりはありませんが、ビジュアル的にも都知事の悪い顔、蟻地獄を模したカジノ、腕が伸びる敵など、工夫が盛り込まれています。いかんせん月イチ連載だと、読者側の熱が冷めてしまうのですが、そこは致し方ないところでしょう。

「一八先生」
いま私が「近代麻雀」で一番面白いと思うのがこの作品です。今回は森田まさのり風の戸田幹浩君のエピソード。今回の発見は「表情の表現力が豊かな森田まさのりは、麻雀漫画に適している」ということでしょう。完コピレベルの森田キャラクターと、これも再現度の高い室塚先生が同居する世界を、8ページにまとめあげる力は高く評価されるべきだと思います。大変おもしろいです。

「麻雀小僧」
予選ラウンド3組1回戦目、田中・国枝・土門・島田の戦い。
プレイヤーの内面描写力は日本一の押川作品。これぞ麻雀漫画、と言いたくなるほど高い完成度です。今回も、圧倒的リードを捲くるための国枝の親リーチに対して、田中がとったアクションをケレン味なくまっすぐに描き、読ませる構成力はとてもすばらしいですね。とてもおもしろいです。

「モリソン」
対梅田戦を巻いて終わらせ、ヒル蔵を巻き込み、2個目の指輪の持ち主が登場と、かなりスピーディーに話が展開しており、構成も上手く退屈させません。これが打ち切りのために話を巻いているのではないことを祈りたいと思います。なかなかおもしろいですよ。

「ムダヅモ無き改革」
トロツキーの自爆が船を巻き込み、闘牌は不可能に陥りました。こちらは露骨に話をまとめにきましたね。正しい判断だと思います。大和田作品はテンポと勢いが命なので、小気味よく進行してもらいたいものです。沈みゆく船の上では、真田と小泉の戦いになるのですが、正直なにをやっているのかよくわかりません(ホメています)。麻雀のアガリ手が相手への物理攻撃となる表現の元祖は片山まさゆき作品ですが、今にして思えば、荒木飛呂彦のスタンドの発明と同程度の、高度な漫画表現なのではないかと感じざるを得ません。おもしろいです。

「はっくん」
「ゆるキャラ」と称する奇天烈なキャラクターが寸劇を繰り広げる作品ですが、残念ながら私には面白さは理解できませんでした。和一翻(あがりいーふぁん)という人物が登場しますが、読者には「拝一刀」のパロディーであることは伝わったのでしょうか。心配です。

近代麻雀 2015年 7/1号 [雑誌]

価格:570円
(2015/6/22 15:40時点)


人気ブログランキングへ(つづく)

2015-06-18 | Posted in レビュー, 近代麻雀No Comments » 

 

「近代麻雀」7月15日号を読んでみた その1

ブログタイトルどおり、ただいま発売中の「近代麻雀」の批評を綴りたいと思います。
今号も付録DVD付き特別定価570円。

付録DVDの内容は
・近代麻雀プレミアリーグ2015
・日本プロ麻雀連盟グランプリMAX
・野口賞男子プロ準決勝卓
・最強戦アシスタント プロへの道
・チンイツ麻雀 滝沢和典
内容は未見につき、触れずにおきます。「チンイツ麻雀」は少し興味があります。

「兎」
単行本16巻完全描き下ろし着せ替えカバー応募者全員プレゼントだそうです。さらに応募者から抽選で50名に恒例の「兎オリジナル図書カード」が当たるそうです。「近代麻雀」についている応募券が必要とのことなので、雑誌の販売促進企画ですね。本編は引き続き格闘編と麻雀編の同時進行。唐突に主人公の絵本風回想が入るなど、絵的な目新しさと丹念な麻雀シーンの描写の安定感、非常によい仕事をされていると思います。
「ZOO」を「200」と表記する誤植はいただけません。

「牌王血戦 ライオン」
「牌王伝説 ライオン」の新作。堂嶋という男を捜すために堂嶋を名乗る、ライオンと呼ばれる男の伝説。こういう「ヒーローもの」の麻雀シーンはとかくご都合主義になりがちなのですが、演出とアイディアで上手く見せることに成功しています。出アガリした手牌がツモって倍満になるか否かを賭けて倍プッシュ、というのはなかなか熱いシーンです。志名坂節といえるのでしょうか。今後も期待できそうです。

「赤鬼哭いた」
単行本1巻が発売されたそうで、おめでとうございます。本編は、退職金を取り戻そうとマンション麻雀に望む男の話の後編。なんですかこの身につまされる話は。悲劇的な結末しか予想できないではないですか。そして案の定すべてを失うわけですが、最後に予想外の結末を持ってくるあたりはニクイ演出です。

「仕事が麻雀で麻雀が仕事」
「相手のレベルが高い時は鳴くほうが不利」という話。私個人は、リーチをかけてツモアガるのが王道と考えますが、鳴きの有用性もまた知っているつもりです。手を読まれるというのは、相手のレベルが高い場合のデメリットですね。

「雀荘のサエコさん」
早くアガってげんなりという、手積みあるあるには共感できました。

「鉄鳴きの麒麟児」
これが「相手のレベルが高い時は鳴くほうが不利」を地でいく麻雀シーンですね。しかしここまで正確に読めるレベルの打ち手はどれくらいいるのでしょうかね。私レベルだとせいぜい、チーテン時の手出し牌のまたぎを警戒するくらいですが。「近代麻雀」のおかげで、読者の腕前はそうとう上がっているということでしょうか。

近代麻雀 2015年 7/1号 [雑誌]

価格:570円
(2015/6/22 15:40時点)


人気ブログランキングへ(つづく)

2015-06-16 | Posted in レビュー, 近代麻雀No Comments » 

 

「健康麻雀」ではなく「賭博麻雀」に

福井新聞web版より

賭けない、吸わない健康麻雀人気 平均73歳、福井で10周年大会
「健康マージャンは金を賭けない、たばこを吸わない、酒を飲まないをモットーにゲームそのものを楽しむ。高齢者の仲間づくりや居場所づくりに役立つほか、指先を使い、点数計算するため、認知症予防にも有効とされている。」

こういうニュースはよいですね。今回で10年目で、会員数は120名のぼるというから、30卓が埋まる様子は壮観であろう。

そこで表題の
「健康麻雀」ではなく「賭博麻雀」に
である。

もちろん「健康麻雀なんざ、くそ食らえ! 金を賭けてなけりゃ麻雀じゃないぜ!」てな話ではない。
筆者の主張は真逆である。
福井新聞の記事にあるように、健康麻雀とは「金を賭けない、たばこを吸わない、酒を飲まないをモットーにゲームそのものを楽しむ。」麻雀である。

すなわち、裏を返せばまず「麻雀=金銭を賭けるもの」という前提があり、あの「(金銭を賭ける)麻雀」だけど、我々は健康志向でいきましょうよ、となって「健康麻雀」という呼称に至わけである。

私はこれが逆転することを願っている。

つまり「健康」を謳わずとも「麻雀=金を賭けないもの」という認識が浸透し、」賭ける麻雀は「賭博麻雀」と括られる世の中になってほしいということである。

「ギャル雀」という言葉が一瞬でデフォルトスタンダードになり、消えていったように「健康麻雀」という言葉にもまた役割を終えてほしいと思うのだ。

まぁまたいつものじじいの妄言である。自分が生きているうちに実現するかは怪しいものだが、言うだけならタダである。言葉にだせば実現すると、どこかの偉い人が言っていたかもしれないではないか。

説教めいたことばかり綴っても退屈なだけだ。ここでひとつ命名ゲームといこうか。

「健康麻雀」が一般化するのはまだまだ時間がかかるだろう。しかしその前段階として「健康麻雀」をもっと格好よい呼称を考えてみよう。

「飲まない・吸わない・賭けない」から健康麻雀。なるほどわかりやすい。
しかし、いかんせん年寄りくささは否めない。年寄りの私が言うのだから間違いない。
一案として、次のようなものが思い浮かんだ。

「スマート麻雀」。スマートフォンから拝借したが思ったよりスマート感が薄い。

「スポーツ麻雀」。これはブー麻雀が東京に来たときに呼び名だ。よろしくない。

「リラックス麻雀」。略して「リラ麻」。んー、非合法な葉っぱっぽい。ダメか。

「ヘルシー麻雀」。略して「ヘル麻」。いかん、健康どころか地獄感が漂ってきた。

じじいの頭でいくら考えたところで、所詮休むに似たり。もうちょっとハマリのいい言葉があれば、普及の速度も早まると思うのだが、どうか。

人気ブログランキングへ

2015-06-11 | Posted in よもやまNo Comments » 

 

「3年B組一八(インパチ)先生」についての考察

漫画家・錦ソクラ氏作の「近代麻雀」に不定期掲載されるギャグ漫画。毎回、ほかの漫画家の作風を模したキャラクターが登場し、主人公一八先生が麻雀を打ち、最後に親のハネマンをアガる作品。

紹介文だけで、十分この作品の混沌とした雰囲気が伝わるだろう。

いうまでもなく「一八先生」はドラマ「金八先生」のパロディである。

初回掲載時には、クラスの問題児・加藤に麻雀を通じて人の教えを説くなど、忠実にドラマの金八先生をパロディー化しています。武田鉄矢の似顔絵もそっくりです。

このスタイルは2話目も踏襲されおり、生きることに意味を見出せないでいる学君に、麻雀で人生の無常さを教えます。

他の漫画家の作風を模したキャラクターが出てくるのは3話目以降。一八先生のキャラクターが浸透したところで、変化球を投げてきました。

水木しげる風の同僚の先生や、所十三風の他校の不良生徒はこの回に登場しています。

4話目には「寿しの深山」の大将、明彦君の父親に星一徹に酷似したキャラクターが登場し、息子の明彦くんともども200万の借金を背負うことになります。

5話目には室塚先生という、どうみても「天空の城ラピュタ」のムスカにしか見えない人物が登場します。

7話目にはGTO(グレートツモスジ鬼月)こと鬼月先生が、反町隆史のpoisonとともに登場します。この回の再現度は、かなりすごいです。一八先生のお株を奪う、鬼月の説教シーンは「少年マガジン」そのものです。顔芸ばかりが注目を浴びてますが、普通に漫画として成立してます。そもそも意外なことに、ラストの顔芸はここまでまだ出ていません。

そしてその待望の顔芸は8話目に初登場です。オチの部分なのでネタバレになってしまいますが、板垣恵介風の一八先生を拝めます。

第10話では「メメタァ」の擬音とともにツモアガります。

第11話は6ページと短いためか、インパクト勝負にでてます。敵役の荒場2中の不良たちが完全に「北斗の拳」のいわゆるザコキャラです。そして恒例となった顔芸は藤子不二雄(A)の「笑ウせぇるすまん」です。この世界観の混在を描ききったことで、なにか吹っ切ったようにも思えます。

第13話では「進撃の巨人」と化してます。この回は最後の柱の文章もみごとにマッチしてます。

第14話は、まんま海原雄山風の理事長の再現度が高いです。この作家さんは、ペンタッチから発する擬音まで、完コピに近い精度で描けるところにも注目です。リスペクトというか、元ネタへの愛情のようなものが感じられるのは錯覚でしょうか。顔芸は富樫義博風です。

第15話は漫☆画太郎風のババア完全再現です。

第17話は「ドカベン」の岩鬼が驚愕の再現率で登場です。

第19話には「闇金ウシジマくん」と「ゴルゴ13」の豪華なコラボキャストです。なんだかノリノリな雰囲気が伝わってきます。

第20話は大友克洋風の鉄男、意外にも盲点だった嶺岸信明風バイニン、再び所十三風マスターが登場です。

そして最新21話では「デスノート」風の金末君が登場です。

読み返してみて意外だったのが、思っていたよりも序盤のパロディーネタが少ないということ。しかし、パロディー絵がない場合も、実は本家「3年B組金八先生」のエピソードをなぞった話が多く、原作リスペクトの精神は貫かれているのです。どこまでもパロディーに徹する真摯な姿勢には頭が下がります。

麻雀漫画のパロディーといえば「スパーヅガン」や「ぎゅわんぶらぁ自己中心派」の片山まさゆき作品が思い浮かびます。その後、喜国雅彦の「麻雀まんが王」「麻雀まんが大王」へと繋がるのですが、本作はその流れを受け継ぐ正当な“麻雀パロディー漫画”といってよいのではないでしょうか。

コミックスになるには、すでに十分な原稿量でしょうから、早期に単行本化されることをお祈りいたします。



人気ブログランキングへ

2015-06-09 | Posted in 近代麻雀No Comments » 

 

「麻雀偏差値70へのメソッド」を読んでみた

竹書房より刊行され近代麻雀戦術シリーズと銘打たれた、石井一馬プロの麻雀戦術本である。

著者の石井プロは第21期麻雀マスターズの覇者で、所属するプロ団体で2番目に早く最高リーグまで駆け上がった兵だそうだ。

基本、見開きページの右側に「リーのみ愚形は地獄行き」や「ドラ表は役がなくてもチー」などのワンイシューを掲げ、左ページで牌姿を交えて解説するというスタイルになっており、非常に見やすい。

また、取り上げるテーマをわかりやすくユーモアを交えて巧みに解説しており、私のようなじじいにも理解しやすく、とても好印象である。

戦術の良し悪しについては、じじいが偉そうに語るつもりはないので、それよりは本全体の印象を述べさせていただこう。

若く、自信にあふれる著者が書いただけあり、明快でわかりやすい文章である。そこに適切な牌姿を具体例として挙げることで、さらに理解の手助けとなっている。

私が感心したのは、最後の「メンタル」を扱った項目である。

「ひそかに自分が最強だと思え」
「無感情で打て」
「雀風を持つな」

などは、これら80の戦術をひねり出した著者の根源であり勝負師に共通するセオリー(?)といっても良いのではないだろうか。

私などはもう枯れてしまって、ファイティングスピリットのようなものは燃え尽きており、娯楽として牌を握る程度であるが、このような直截的な若い魂のようなものに触れると、こちらまで心が躍り若返るような気持ちになるのは、楽しい限りである。

麻雀偏差値70へのメソッド [ 石井一馬 ]

価格:1,296円
(2015/6/22 15:56時点)



人気ブログランキングへ

2015-06-08 | Posted in レビュー, 近代麻雀No Comments » 

 

雀荘業界の現状

雀荘業界の現状について考えてみよう。

大雑把に言って、今雀荘業界は3重苦に陥っている。

1つは顧客離れ

麻雀がサラリーマンの必須科目と言われたのも今は昔。レジャー白書によると、2013年の麻雀人口は650万人とある。この数字はこの20年右肩下がりである。
いわゆる団塊の世代のリタイアの影響もあり、オフィス街のいわゆる「セット雀荘」は軒並み廃業に追い込まれている。麻雀文化が下の世代に引き継がれなかったわけだが、これは大きくは「娯楽の多様化」の結果といってよいだろう。

 

2つ目は地方格差

麻雀漫画雑誌「近代麻雀」には麻雀店の店舗広告が多く掲載されている。その掲載店舗は東京・大阪などの大都市圏が大多数である。
また雀荘検索サイト「麻雀王国」への掲載条件は、大都市圏の店舗の掲載料が年間48000円であるに比べて、地方の店舗のそれは年間10000円である。
これは地方の雀荘が雑誌やインターネットに広告を出しても、宣伝費の回収の目処も立たないほど顧客を呼び込むことが難しい状況であることの証左である。

 

3つ目は法律の壁である

基本的には麻雀だけでなく、公営ギャンブル以外の種目で金銭を賭す行為は法に触れる(刑法第185条)。
そしていわゆる「フリー雀荘」のほとんどで、賭博行為が行われているのが現状である。店によっては風営法で禁止が定められている深夜営業も行っている。

このことは、雀荘のお客は常に摘発のリスクに晒されることを意味している。

確率は低いとは言え、逮捕拘留のリスクを考えた人が雀荘から遠ざかるであろうことは想像に難くない。

これらのマイナス要因に対して、業界はどのような対策を考えているのだろうか。

雀荘業界には「全国麻雀業組合総連合会(全雀連)」という組織がある。この組織は各都道府県をほぼ網羅する支部を抱え、各雀荘はそれぞれの支部に加入することで業界団体の一員となることができる。

Webサイトを見る限り「健康麻雀」なる「賭けない・飲まない・吸わない」麻雀を推奨している。また各地で麻雀教室を開催し、ファンの開拓を行っている。

しかし現在、組合に加入しない新規店舗が多くなり、全体の数に対する全雀連の組織率は低下している。というのも、かつては加入することで得られていたメリットが低下しているからである。

この部分は確証のない伝聞であるが、かつては地方支部が各都道府県警の生活安全課から様々な便宜を図ってもらっていたが、今ではそういっったことが無くなったからだそうだ。

やみくもに数さえ多ければ良いという話でもない。言葉は悪くなるが、基本的に雀荘オーナーにとって大事なのは自分の店の経営である。そのためにはライバル店の深夜営業を、匿名で警察に密告するような輩もいる。つまり頭数を揃えても、決して一枚岩にはならないのだ。

そういった事情から、雀荘業界は結束が甘い。

全雀連も、大きなインパクトを持つ有効なアイディアを打ち出せないでいる。

しかし、有志経営者らによる新たな動きもある。
「業界の活性化が、雀荘に利益をもたらす」と考える少数の経営者らによる新たな組織が出来るなど、業界関係者も手を拱いているわけではない。

ダンス議連による「ダンス規制法」改正を念頭においた深夜営業の禁止の改定、あるいはカジノ法案成立後の雀荘のあり方などを課題に、定期的に議論を行っているそうだ。

賭博自体を合法化するようにロビー活動を行っていくようである。

法に怯えることなく雀荘に入ることができる日が来れば、それは喜ばしいことだが、果たしていつの日のことになるのだろうか。

人気ブログランキングへ

2015-06-07 | Posted in よもやまNo Comments »